最近、パブリッククラウドを展開するAWS、Google、Microsoftは積極的にテレコム業界へのかかわりを増やしており、その中でも特にMECに関しては3社とも注力をしています。
この記事では、世界3大クラウド事業者であるAWS、Google、MicrosoftがテレコムやMECに対してどのような取り組みをしているかに関して解説をしています。
クラウド事業者が注目しているMECとは
MEC(Muti-Access Edge Computing)とは、5Gにおいて期待されているコンセプトの一つであり、セルラーのコアネットワークはもちろんのこと、アプリケーションサーバも含めて極力すべてのインフラ設備をユーザに近いところに持っていくことで遅延や無駄な大容量データのやり取りを削減することが可能となります。
以下は、これまでのセルラーネットワークとMECを利用した場合のネットワーク構成を示したものです。
全国で携帯電話サービスを提供するために基地局は全国で数万から十数万局で展開されています。一方、認証システムや位置情報システムなどを司るコアネットワークは、全国でも数か所から十数か所程度しかありません。従って基地局とコアネットワークの間は、場所によっては数百キロメートルも離れてしまいます。
現状スマホで利用している4G LTEでは、インフラに対する期待は主にデータ通信速度です。これまで携帯電話はアナログ時代の1Gから2G、3G、4Gへと進化をしていますが、いつの時代もデータ通信のボトルネックになっているのは無線区間のスピードであり、それであれば基地局とコアネットワークが離れている構成であっても通信速度への影響は大きくない為、現在のネットワーク構成で問題がありませんでした。
ところが5Gの時代では、これが大きく変わります。
一つは、無線区間の通信速度が激的に改善され、これによってデータ通信速度のボトルネックが無線区間ではなくなるケースが出てきます。たとえば、基地局とコアネットワークを結ぶ通信ケーブルには光ファイバーが用いられていますが、このファイバーの容量がボトルネックになる可能性もあり、またコアネットワーク内のネットワークやサーバ側がボトルネックとなる可能性が出てきました。
もう一つ5G時代で異なる点としては、5Gでは通信速度と合わせて低遅延が大きな特徴の一つとなっていることです。遅延に関しても4Gまでは無線区間の遅延が大部分を占めていたのですが5Gでは無線区間の遅延が大幅に改善される為、遅延のボトルネックが基地局とコアネットワーク間やコアネットワークとアプリケーションサーバ間の伝送路になる可能性が出てきました。
MECは、5Gによって出てきた大容量かつ低遅延通信という新たなモバイル通信の使い方を実現するために必要とされており、世界各国の通信事業者はもちろんのこと、従来はセルラーとはあまり関連のなかった多数のプレーヤーもMECに期待をしています。
AWS、Google、Microsoftの5GやMECに対する取り組み
MECは通信事業者だけではなく、様々な業界が注目をしています。その中でもパブリッククラウドを展開するAWS、Google、Microsoftの3社は早くからMECに注目し、具体的に5Gに特化したソリューションを提供し始めています。
積極的に通信事業者と協業するAWS
AWSは2019年12月3日に「AWS Wavelength」というソリューションを発表しました。AWS Wavelengthとは、AWSのクラウド環境であるコンピューティングとストレージを通信事業者の5Gネットワークのエッジに置くというソリューションです。これによって、通信事業者とAWSのクラウド間の遅延はほぼなくなり、エンドユーザに対して10ms程度の遅延でサービスを提供することが可能になるのです。
AWSは、ゲーム、ライブ動画ストリーミング、エッジでの機械学習推論、AR/VRなど、10ms未満の遅延が要求されるこれらのアプリケーションでの利用を期待しています。
AWSはこれらをMEC環境で提供することを想定しており、既にVerizon、Vodafone、SKテレコムなど世界の大手通信事業者はもちろん、国内でもKDDIとパートナーを組んでいます。
AT&Tと共に実証検証を進めるGoogle
GoogleもAWSと同様に「Anthos for Telecom」というMEC向けのソリューションを提供しています。Googleは小売業、製造業、運輸業など様々な業界に対して5G MECを利用したポートフォリオを展開する為にAT&Tと共にテストを継続しています。
最近ではGoogleは通信事業そのものとのかかわりを深めています。Googleは2020年5月29日にインドのVodafoneに対して5%出資することを発表しています。また、イタリアでは大手通信事業者TIMと共に銀行向けのソリューション提供に関して覚書を結ぶなど、通信業界に大きな関心があるのと共に積極的にこの領域でのビジネスを広げていっていることが伺えます。
通信機器ベンダーを積極的に買収しているMicrosoft
Microsoftは、2020年3月31日に「Azure Edge Zones」を発表しました。これはAWSのAWS Wavelengthと同じソリューションで、通信事業者の5GネットワークのエッジにAzureサービスを展開するソリューションです。
Microsoftに関しては注目すべきことがもう一つあります。それは、テレコムインフラベンダーを積極的に買収しているということです。Microsoftは2020年3月27日にテレコムのインフラベンダーのAffirmed Networksを買収しています。
これまでのテレコム業界では、テレコム独自の機能をサポートする為にインフラベンダーは独自のハードウェアとソフトウェアによる専用システムを利用ことが多く、世界をリードするノキア、エリクソン、Huawei等はそれぞれの専用システムを通信事業者に対して販売していました。ところが、最近では仮想化技術が普及し、テレコムインフラにおいても仮想化で提供するケースが増えてきており、老舗のインフラベンダーも仮想化に舵を切り始めています。仮想化の環境では、ハードウェアは性能要求さえ満たせばどのようなハードウェアでも問題が無いため、通信事業者もハードウェアを自由に選択することが可能となります。
Affirmed Networksのシステムは、仮想化環境で動作することを前提に設計されたシステムであるCloud Nativeであり、テレコム業界でも注目されていました。MicrosoftはAffirmed Networksを買収することにより、MECでの親和性をより高めることができます。
またMicrosoftは、2020年5月14日にはMetaswitchを買収しています。MegatswitchもAffirmed Networksと同様に仮想化インフラの企業です。Microsoftの買収に関する動向から、今後はテレコムインフラとクラウドとの垣根がほぼなくなり、シームレスなサービスを提供できるプラットフォームを持つ企業が優位になってくることが想定されます。
5G MECは2021年から本格化
以上のようにパブリッククラウドを提供しているAWS、Google、Microsoftの3社は通信事業者との連携を強め、今後の5Gサービスの普及に備えています。
しかしながら、5Gは2018年に開始されてまもなく2年が経過しているものの、現時点ではまだ利用なエリアが限定的であることもあり、5G自体はまだそれほど普及していません。また、5Gで遅延を考慮したMECを利用するためには5Gの新しいアーキテクチャ(SA方式)が必要となるのですが、SA方式はまだ準備ができておらず2020年の後半からようやく商用化が始まるとされていることも普及していない一つの理由です。
このような状況であるため、当面はこれまでとそれほど大きく変わることなく、4Gや5Gのテレコムインフラの先にクラウド業者やサービスプロバイダーが存在するという形式は変わらないものの、SA方式が導入され普及することが見込まれる来年以降には、テレコムインフラとパブリッククラウドがシームレスにつながった環境での5Gの超低遅延を利用したサービスやソリューションが多数出てくることが期待されます。ちょうどオリンピックが1年延期となったので、そのタイミングではかなり多くの超低遅延サービスが出てきていることでしょう。