IoT向けのWi-Fi規格IEEE802.11ah。低消費電力かつ広域カバレッジが特徴となっていますが、先行するSigfoxやRoLaWANあるいはセルラー系のNB-IoTやLTE-Mと何が違うのでしょうか?
この記事では、802.11ahの特徴と他LPWAとの比較について説明をしています。
Wi-FiのIoT向け規格IEEE802.11ah
現在、私たちの日々の生活においてスマホは手放せないライフラインとなっていますが、それ以外でもパソコンやタブレットを利用したインターネットへの接続やホームセキュリティの利用など、ネットワークへの接続が不可欠になっています。このネットワークへの接続にはWi-Fiを利用するケースが多く、Wi-Fiは必要不可欠な通信技術となりました。
2020年7月現在、最新のIEEE802.11ax(Wi-Fi6)を初め、802.11ac(Wi-Fi5)や802.11n(Wi-Fi4)と呼ばれる規格が一般にWi-Fiに使われていますが、これらの規格は大容量データ通信を行うことを目的に、つまりユーザのスループットの向上を目指して次々と標準化されてきました。
一方、これとは別にユーザのスループットではなく、IoTに特化したIEEE802.11ahという規格が2017年に標準化されており、これは、SigfoxやRoLaWANなどと同様に低消費電力で広帯域をカバーするLPWA(Low Power Wide Area)に分類されています。802.11ahは、他のWi-Fiの規格同様にIEEEで標準化されWi-Fi Allianceで相互接続認証が行われますが、Wi-Fi AllianceではIEEE802.11を「Wi-Fi HaLow」と名付けプロモーションを行っています。
802.11ahの特徴
802.11ahは従来のWi-Fiと比較して、「広域カバレッジ」「低消費電力」「接続端末数の拡大」という特徴があります。
1km先まで届くWi-Fi 802.11ah
現在よく使われているWi-Fiは、屋内での利用や屋外であってもホットスポットとしての利用が多く、利用できるエリアも100m程度となっています。一方で、802.11ahは電波の到達距離がとても長く、なんと1kmまでカバーをすることができます。従って、802.11ahは従来のWi-Fiのように特定エリアで利用されるというものではなく、かなり広大なエリアをカバーする面的な利用、すなわち屋外でのユースケースが増えてくることが想定されています。
802.11ahで到達距離を延ばすためにはいくつかの技術が使われておりますが、その中の一つとして電波の反射を効率よく利用する技術があげられます。無線の電波には、アンテナから受信側の端末まで直接届く電波と、ビル、木、車など様々な障害物にぶつかり、そこから反射して届く反射波はあります。受信側の端末が、この直接届く電波と反射波をすべて受信して結合することができれば確実に通信が行われるのですが、反射波は直接届く電波よりも到達するまでに時間がかかり、それを端末側ですべて待ってしまうとかなりの時間ロスとなり結果として通信速度が著しく遅くなってしまいます。従って、通常はある特定の時間内に受信した反射波のデータのみを受信して結合するのですが、802.11ahではこの待ち時間を長くすることでより多くの反射波を結合し確実にデータを受信できる仕組みを入れているのです。この為、従来のWi-Fiと比較して利用可能距離が延び、1km先であってもデータが届くようになっています。これは、通常のWi-Fiと比較して速度を追求しておらず、ある程度通信速度を犠牲にできるがために実現できているのです。
広域カバレッジを実現するもう一つの要素として、利用する周波数があります。従来のWi-Fiでは2.4GHzと5GHzが利用されていますが、802.11ahではサブギガ帯と呼ばれる1GHz以下の周波数を利用することが規定されています。グローバルでは電波利用ライセンスを不要とする900-930MHz帯を利用する国が多く、日本でも920MHz帯を利用する方向で調整が進んでいます。利用する周波数が低くなることで電波が障害物を回り込みやすくなる為、2.4GHzや5GHz帯と比較しても電波をより遠くまで飛ばすことが可能となります。
新しいパワーセーブモードとダウンクロックで低消費電力を実現
Wi-Fiには消費電力を抑えるために端末をスリープ状態にするスリープモードがあり、端末はデータを受信していない時間帯はスリープモードとなり電力消費を抑えることができます。しかし、スリープモードの状態でも送受信データの有無を確認する為にアクセスポイントは常時ビーコン信号を送り続けています。このビーコンの仕組みでは、アクセスポイントと端末は同期していない為、スリープモードへの移行とスリープモードからの復帰タイミングが必ずしも最適ではなく、それによって無駄な電力が消費されています。
そこで802.11ahでは、Target Wake Time(TWA)と呼ばれる機能を導入し、アクセスポイントと端末で同期をとることで効率よくスリープモードとそこからの復帰を制御し、それによって消費電力を抑えています。
TWA以外では、物理層の動作クロック周波数を抑えることで消費電力を抑える工夫をしています。802.11ahでは通信速度が追及されないのでクロック周波数を下げることが可能であり、802.11acの1/10にダウンクロックすることで消費電力を抑えています。
8,000個以上のデバイス接続が可能
802.11ahはIoT向けに考えられた規格であり、従来のWi-Fiと比較して1つのアクセスポイントに接続可能なデバイスの数がかなり多くなっています。これまでのWi-Fiでは1アクセスポイントあたりに接続可能な端末の数は最大でも1,024台でしたが、802.11ahではこれが8,192台に拡張されます。元々Wi-Fiの到達距離が100m程度であるため、多くの端末が一つのアクセスポイントに集中して接続されることは想定されていませんが、802.12ahではカバーされるエリアが1kmとなり、多数のIoTデバイスが接続される為、接続台数が大幅に改善されています。
後発の802.11ahの位置づけ
低消費電力かつ広域カバレッジを実現するLPWAとしては、SigfoxやRoLaWANなど既にいくつか先行している技術がありますが、802.11ahはこれらと比較してどのような違いがあるのでしょうか?
まず一つ目は通信速度が速いという違いがあります。SigfoxやRoaWANは通信速度は数100bpsから500Kbps程度ですが、802.11aでは規格上では117Mbps以上の通信が可能です。117Mbpsの通信速度を得るためには周波数の帯域幅が16MHz必要となりますが、日本では802.11ahは1チャンネル分すなわち1MHz幅での利用に限定されるため、通信速度は最大でも4Mbpsとなります。また、4Mbpsは規格上の通信速度であり、実質は障害物などの電波環境に依存し、1.0から1.5Mbps程度になることが見込まれます。しかしながら、1.0-1.5Mbpsの通信速度であったとしてもSigfoxやRoLaWANと比較すると高速であり、SigfoxやRoLaWANがスマートメータや各センサーからの小さなデータのやり取りを行う為に利用されているのに対し、802.11ahは1Mbpsの通信速度を活用した動画などの大きなデータ通信での利用が可能です。
一方、データ量の大きい通信を行うLPWAとしては、セルラー系のLTE-Mと呼ばれる規格があります。LTE-Mでは802.11ahと同様に1Mbps以上の通信が可能であり、かつ既存の携帯電話の通信網を利用することが可能であることから、利用可能なエリアも全国に広がっています。ただし、LTE-Mは全国でサービスエリアがあるとはいえ基本的には繁華街や住宅街など人が立ち入るエリアが多く、山奥など人があまり立ち入らない場所では圏外となっている場所もあります。そのような場所において、例えば野生動物から農作物を守るための監視カメラを設置するような場合においてはLTE-Mは利用できませんが、802.11ahであれば自営で設置をすることができます。このようにセルラー系のLPWAと比較して、ユーザがどこでも気軽に導入できるというメリットがあります。
802.11ahは後発のLPWAではありますが、動画によるリアルタイムモニタリングを自前でリーズナブルに設置して利用するケースやセルラーが圏外になるようなエリアでの利用においてはかなり有効です。特に導入障壁が低く運用コストが安いというメリットは他のLPWAにはない大きな特徴であり、最後発LPWAであってもこの特徴によって今後爆発的に広がる可能性があります。
先が見えないが期待される802.11ahの普及
2017年に標準化された802.11ahですが、残念ながら2020年7月現在でも国内ではまだ利用が開始されていません。2012年にはSigfox、2016年にはRoLaWAN、2017年にLTE-M、2018年にNB-IoTが開始されており、これらのLWPAのサービスが開始してから2年以上が経過していますが、何故まだ利用されていないのでしょうか?
これは利用する周波数が決まっていないことが大きな理由の一つです。日本では802.11ahを海外同様に無線免許不要な920MHz帯で利用することを検討していますが、この920MHz帯には空きがなく802.11ahで利用可能な周波数がありません。このように利用する周波数が決まらない為、802.11ahを利用すること自体できないのです。
ただし、現在この周波数帯を利用しているデジタルMCAがシステム移行し928~940MHzが空く予定であり、この周波数帯を802.11ahで利用できないか協議が進められています。この周波数帯の利用を希望する企業や団体は他にもあるため、協議を行った上で利用開始となることから、最終的に利用可能となる時期はまだ先になりそうです。
このようにまだ実際の利用可能時期が見えない802.11ahですが、国内では2018年に「802.11ah推進協議会」が設立され推進活動が進められているのと共に、昨年以降802.11ahを利用した実証実験がいくつか行われるなど802.11ahに対する関心は高く、周波数の問題が解決できれば一気に普及することも想定されます。