最近、あちらこちらで「ローカル5G」という言葉を耳にするようになりましたが、これとあわせて「プライベートLTE」という言葉も注目を増してきています。
プライベートLTEとは何なのでしょうか?普段我々が利用している4G LTEとの違いや特徴、さらにはローカル5Gとの比較などをわかりやすく解説しています。
プライベートLTEとは
プライベートLTEとは、Wi-Fi等のようにライセンスが不要な周波数であるアンライセンスバンドを利用してLTEを提供することを総称しています。LTE(Long Term Evolution)は、ドコモ、au、ソフトバンク、楽天モバイル等が提供している4G(第4世代移動通信システム)で利用されている技術です。この技術を利用するためには標準団体である3GPPで規定されている周波数を利用することが標準化されており、これらの周波数はライセンスが必要な周波数として各国で規定されています。
周波数ライセンスの取得には多数の技術ドキュメント等の申請資料が必要でかなり大変であると共に、ライセンスを購入しなければならない国においてはライセンス取得に多額の費用が必要となります。したがって、通常ライセンスの必要な周波数を利用することはハードルが高く、かなり限られた事業者しか利用できません。
一方でライセンスが不要なアンライセンスバンドでは、周波数の利用は規定の範囲内で自由に利用することができるため多数の企業が周波数を利用しやすくなっています。その為、アンライセンスバンドを利用したWi-FiやBluetoothなどは世界各国で広く普及しています。従って、プライベートLTEも同様にアンライセンスバンドを利用することでWi-Fi同様に普及する可能性があり、これによって従来のWi-FiやLTEとは違った新しいユースケースが多数広がることが期待されています。
プライベートLTEを利用するメリット
プライベートLTEはアンライセンスバンドつまりWi-Fiが利用している5GHz帯で利用する可能です。アンライセンスバンドを利用した通信では既にWi-Fiが全世界でかなり普及している中であえてLTEを利用する意味は何があるのでしょうか?
LTEを利用することによるメリットとして以下が考えられます。
- セキュリティの確保
- 信頼度
- 効率性
- カバレッジ
- コスト
- LTEの機能利用
Wi-Fiは導入障壁が低く非常に簡単に導入できますが、一方でセキュリティが懸念されます。特に公衆Wi-Fiにおいて認証を行わないようなネットワークにおいてはセキュリティに注意する必要があり、機密情報のやり取りを行う際には十分な注意が必要です。一方でLTEにおいてはSIMを利用した秘匿性の高い認証方式がとられている為、セキュリティが強固になります。
Wi-Fiを利用していると時折通信速度が遅くなったり、場合によっては通信が途切れてしまうことがあります。原因はいくつかありますが、その中でも特に多いのが他のWi-Fiとの電波干渉です。LTEでは事前に対象エリアの電波状況を調べ、エリアとすべき場所に一定の電波が届くように基地局を調整してエリアを構築します。これによりエリア内で高品質で信頼度の高い環境の提供が可能となり効率的にデータ通信を行うことが可能です。
最近ではオフィスや工場内で利用するWi-Fiにおいても同様に事前にエリア調査等を行い最適なエリアを確保するようになっています。ところが、Wi-Fiの場合はアクセスポイントの入手が非常に簡単であることから、例えば周辺の住宅や他のオフィスにおいて新たにアクセスポイントが設置される場合があり、それらのアクセスポイントからの電波が新たに干渉の原因となりオフィス内等での品質が劣化します。また、周辺環境のアクセスポイントは頻繁に増減するため、それに合わせて都度オフィス内の環境を整えることも非常に大変です。最新のWi-Fiシステムでは周辺の電波環境をモニターしながら使用するチャンネルを変えたり電波の方向や強さを変えたりする機能もありますが、すべての干渉をゼロにすることは困難です。
LTEの場合は、導入障壁がWi-Fiと比較して高い為、簡単にアクセスポイントの追加ができないことから、このような干渉による頻繁な電波干渉がおこりえない状況となります。また、LTEの技術においてはエリアのエッジまで電波が届くように様々な技術が利用されており、それによって安定的にカバレッジを確保することが可能となります。これにより、Wi-Fiではエリア確保に数十のアクセスポイントが必要であるところが、LTEに変更することで数個まで減らせる可能性があり、導入コストおよびランニングコストの削減にもつながる可能性があります。
LTEを利用することによるメリットとしては、LTEで規定されている機能を利用できることです。例えば、LTEでは通常のデータ通信以外にブロードキャスト機能(eMBMS)というものがあり、該当デバイスに対してエリアごとに必要な情報をブロードキャスティングすることができます。この機能を利用することで、例えば大学内の講義を大学キャンパスにいる学生のタブレットやPCにのみリアルタイムで配信することで、学生はキャンパス内であればどこでも自由に講義を受けることができるし、大学側は課題の配信などにも利用できます。
プライベートLTEにはいくつか方式がある
プライベートLTEの実現方式はいくつかあり、LTE-U、LAA、sXGP、Multefireなどがあり、それぞれに特徴や制限事項があります。
3GPPが主導するLTE-U/LAA
LTE-Uは2010年頃に3GPPにてその構想が議論されたことがはじまりであり、その議論においては世界の通信事業者、通信機器ベンタ、デバイスベンダはもちろんのことWi-Fi関連企業やグーグル等のOTTなど様々な業種の企業で行われました。ところが、LTE-Uの技術仕様は3GPPにて議論され検証が進められていましたものの、LTE-Uと同じアンライセンスバンドを利用しているWi-Fiに多大な影響を与えるという理由でWi-Fiの相互認証を行っているWi-Fiアライアンスを中心に世界各国でかなり多数の反対意見が提示されたのです。
いくつかの国で通信事業者がLTE-Uを利用したサービスを開始しましたが、この反対派との議論が長引いてしまったことで3GPPでの標準化がなかなか進まない状況になってしまいました。このような中、米国のクアルコムはLTE-Uをベースとしアンライセンスバンドを利用しながらもWi-Fiへの影響を抑え抑えた新しい方式であるLAA(Licensed Assisted Access)の仕様を策定し、その結果LAAがRelease13で標準化されました。ただし、Release13のLAAでは基地局からデバイス方向への通信であるダウンリンクのみが標準化されており、デバイスから基地局への通信であるアップリンクはRelease14で標準化されています。
3GPPでは通信技術ごとに利用可能周波数が規定されています。LAAで利用可能な周波数はBand46(5150 – 5925MHz)の5GHz帯とBand48(3550 MHz – 3700 MHz)となっています。Wi-Fiが規定している5GHz帯の周波数が5250-5350、5470-5725MHzですので、実際にはこの周波数と重ならないように各国で周波数を割り当てることになります。
出典:3GPP Standard
LAAを利用するためには5GHz帯でLTEを利用できるようなデバイスの開発が必要ですが、既に131種類のデバイスがLAAをサポートしています。
GSMAが発表した2020年3月のレポートによると、21か国38のオペレータがLAAに投資をしており、そのうち6か国で9つのオペレータが既に商用サービスを行っています。また、18か国で29のオペレータがトライアル、導入計画などを行っている状況です。
日本が主導しているsXGP
日本ではアンライセンスバンドで利用可能なプライベートLTEとしてsXGP(Shared Extended Global Platform)に力が入れられており、世界を牽引しています。sXGPは25年ほど前に普及したPHSの技術がベースとなった最新のPHS後継技術ですが、PHSもsXGPも日本で開発された技術なのです。PHSは独自の技術でしたが、sXGPはTD-LTEを100%互換、つまりTE-LTEをフルサポートした方式であることが大きな特徴の一つです。
現在ではPHSはほぼ見なくなってしまった状態であるのに、なぜ今sXGPが注目されているのでしょうか?
日本では1995年にPHSサービスが開始され、当初は通話料の安い移動体通信としてかなり普及しました。ところが、その後ケータイ電話の通話料金や端末の低廉化によってケータイ電話へのシフトが始まりPHS加入者は急速に減少し、現在でもまだ細々とサービスは継続されていますが一般加入者向けのサービスは2020年7月に、エレベータ監視や自動販売機の在庫確認等の法人向けのサービスは来年終了します。
一方でPHSは秘匿性があり通話音質が当時のケータイ電話と比較してとてもよかったので、デジタルコードレス電話(内線電話等)として利用しているケースが多く、特に病院や工場では今もなおPHSの技術が使われています。通信事業者によるPHSサービスは縮退しているもののデジタルコードレス電話での利用においては需要があり、利用が継続されています。
従って、これらの内線電話等のデジタルコードレス電話としての継続利用および更なる用途の広がりを目指してsXGPの導入が期待されています。sXGPはTE-LTEをフルサポートする、つまりLTEと同じ通信速度が期待できます。また、sXGPはPHSの後継技術という位置づけであることから、従来のデジタルコードレスと同じ1.9GHz帯の周波数を免許申請なく利用できることが非常に大きなメリットとなります。
sXGPは現在も利用可能な状況ですが、利用できる周波数が1893.5-1906.1MHzの10MHzちょっとと非常に狭くなっています。総務省はプライベートLTEにこのsXGPを利用することを期待し、デジタルコードレスに利用されている1.9GHz帯の周波数も以下のとおり大幅に拡張する方向で調整を進めています。
現状sXGPでは5MHzの利用にとどまっていましたが、この周波数配置変更により最大40MHz幅の利用が可能となります。これによって通信速度が大幅に向上することが見込まれています。また、今回の拡張により対象周波数が1880-1920MHzに拡張されますが、これは表1の3GPPにおけるBand39と全く同じ周波数になります。これによって世界各国で発売されているBand39をサポートしたスマートフォンやモジュールが活用でき、一気に普及することが見込まれます。
sXGPはライセンス不要で導入しやすくかつLTEの技術メリットを最大限に活かせるということから、様々なユースケースが検討されています。
例えば病院内においては単なる内線電話の代用だけではなく、sXGPによる高速通信を利用することで入院患者に使用している各種測定機器からのデータをリアルタイムでセンターで管理できるようにすることで患者の状態を常に確認できるようになります。これによって医師や看護師も必要な時にだけ確実に患者の容体を確認することが可能となり効率があがります。
工場では、工場の生産ラインにおいてsXPGが活かせる可能性があります。従来の生産ラインでは各機器は有線で接続され、製品ごとに生産ラインを専用に準備する必要がありました。専用のラインを準備すると、季節や時期に依存する製品は繁忙期と閑散期が分かれてしまうラインにおいては作業効率が非常に悪くなってしまいます。そこで、生産ラインの各機器を有線ではなくsXGPで無線接続し各機器を自由に移動させることができる環境を提供することで生産ラインのレイアウトを自由に変更することが可能となり、従来閑散期でほとんど利用していなかった機器を別の生産ラインで利用することで生産効率があがります。
このように1.9GHz帯でsXGPを利用したプライベートLTEは、3GPPのBand39を利用しながらも免許申請不要で利用することが可能であることから非常に導入しやすいため様々なユースケースが期待されており、既に多くの企業が興味を持ち、sXGPを利用したソリューションの販売を開始しています。
2.5GHzを利用した自営BWA
日本では1.9GHzのデジタルコードレス用の周波数を利用したプライベートLTEの他に2.5GHz帯を利用した自営BWAもプライベートLTEとして進められてます。
日本国内には、全国のデジタルデバイドの解消や地域発展を目的として2.5GHz帯を利用したブロードバンドサービス「地域BWA(Broadband Wireless Access)」があります。この地域BWAは、2008年に通称「地域WiMAX」として地方における無線ブロードバンドサービスを地方公共団体など通信事業者以外が提供しています。
自営BWAとは、この地域BWAで利用している2.5GHz帯の周波数をプライベートLTE用として活用することをいいます。地域BWAには2.5GHz帯(2575~2595MHz)に20MHz割与えられています。以下のとおり、地域BWAは利用されている地域が限られていることから、空いている地域において自営BWAを利用していく予定としています。
自営BWAは、ライセンスが必要となる周波数である2.5GHzを利用するため地域BWA同様に免許申請が必要となりますが、ライセンスバンドを利用できることにより自営BWAが利用する周波数と一部重複しているBadn38(2570–2620MHz)対応端末が利用できることが大きなメリットです。
グローバルで進んでいるMulteFire
日本ではsXGPを利用したプライベートLTEが主流ですが、グローバルではMulteFireが注目されています。MulteFireは、sXGP同様に3GPPのLTEと100%互換であり、LTEを通信事業者以外の誰もが導入しやすい技術を目指しています。従って、日本国内でのsXGPは1.9GHz(Band39)で利用していますが、MulteFireはあらゆるアンライセンスバンドでの利用をめざしています。現在は3GPPのLAA同様に5GHzでの利用に加え、日本のsXGPのBand39や2.4GHz等で規定があります。
MulteFireはクアルコムが開発した技術でグローバルで推進されていることもあり、検討メンバーは以下のとおり通信インフラベンダーやチップセットベンダー、通信事業者などが世界各国から参加していることが大きな特徴です。
プライベートLTEの展望
昨今、ローカル5Gが非常に注目を浴びていますが、それと合わせて最近はプライベートLTEも注目度が増しています。ローカル5Gに関しては、5Gの特徴を活かしたユースケースが期待されていますが、5G自体が世界でもサービスが開始されて間もない技術であり、この5Gの技術を利用した基地局や端末の普及にはもう少し時間がかりそうです。
一方でプライベートLTEは約10年以上利用し続けられている技術で非常に安定しているのと共に利用できるデバイスの選択肢も多くなっています。また、ローカル5Gは既に開始されている28GHz帯や今後期待される6GHz以下のSub6帯においても免許が必要ですが、既に利用が開始されている1.9GHz帯のsXGPはBand39を利用しているにもかかわらず免許不要で利用できるという非常に大きなメリットがあります。
このように日本国内におけるプライベートLTEは導入障壁がかなり低く、今後様々な産業での利用が期待できます。